大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ワ)2705号 判決

原告 安藤文子

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 田口尚真

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

被告 北海道

右代表者知事 堂垣内尚弘

被告 北海道勇払郡早来町

右代表者町長 磯部義光

被告三名指定代理人 岩渕正紀

同 村長剛二

被告国、同北海道両名指定代理人 須藤義雄

〈ほか二名〉

主文

一  原告らと被告国との間において

1  別紙第一物件目録(一)、(七)、(八)記載の各土地が原告らの所有であることを確認する。

2  被告国は原告らに対し前項の各土地について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3  原告らの被告国に対するその余の請求を棄却する。

二  原告らと被告北海道との間において

1  別紙第二物件目録(一)ないし(七)、(十六)記載の各土地が原告らの所有であることを確認する。

2  被告北海道は原告らに対し前項の各土地について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ右各土地を引渡せ。

3  原告らの被告北海道に対するその余の請求を棄却する。

三  原告と被告北海道勇払郡早来町との間において

1  別紙第三物件目録記載の各土地が原告らの所有であることを確認する。

2  被告北海道勇払郡早来町は原告らに対し前項の各土地について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ右各土地を引渡せ。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告ら、その余を被告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

(原告ら)

一  別紙第一ないし第三物件目録記載の各土地が、原告らの所有であることを確認する。

二  原告らに対し、

1 被告国は、別紙第一物件目録記載の各土地について、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ右各土地を引渡せ。

2 被告北海道は、別紙第二物件目録記載の各土地について、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ右各土地を引渡せ。

3 被告北海道勇払郡早来町は別紙第三物件目録記載の各土地について、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ右各土地を引渡せ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  土地引渡しを求める部分につき仮執行の宣言

(被告ら)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(原告らの請求原因)

一  別紙第一ないし第三物件目録記載の土地(以下本件土地という)は原告らの共有である。

原告らが本件土地について所有権を取得した経緯は次のとおりである。

1 原告らの先々代安藤浩は、本件土地を大正九年一月二六日取得し、同年二月一四日所有権移転登記を経由した。

2 浩は、昭和七年二月一二日死亡し、原告らの先代安藤浩一が家督相続によって、同日、右土地の所有権を取得した。

3 浩一は、昭和二六年六月一四日死亡し、同日、相続によって、妻である原告ツネが三分の一、その余の原告らが子として各九分の二の割合で、共同相続した。

二  しかるに、北海道知事は、昭和二九年六月ころ、買収期日を同年七月一日とする農地法四四条に基づく買収手続を行ったが、前記のとおり、当時、既に原告らが所有者であるのに何ら調査をすることもなく、漫然と原告らの先々代を所有者とし、浩の住所が不明であるとして、買収令書を公示し、対価を供託して、買収手続を完了した。

原告らは、右買収手続の行われた事実を最近知ったのである。

三  そして、現在、第一物件目録記載の各土地は被告国、第二物件目録記載の各土地は被告北海道、第三物件目録記載の各土地は被告早来町の所有として所有権移転登記がなされ、かつ、それぞれ被告らが右各土地について所有権を主張し、これを占有使用している。

四  しかし、前記のとおり、本件土地は、昭和二六年六月一四日以降原告らの共有に属するものであって、北海道知事のなした本件土地の前記買収処分は以下のとおり重大かつ明白な瑕疵による無効のものであるから、被告らが本件土地について所有権を取得するいわれはない。

すなわち、本件買収処分がなされた当時、本件土地の登記簿所有者欄に記載されていた住所は、原告らの先々代安藤浩の本籍地であり、かつ住所であった。従って、被告国及び北海道知事において、右住所に照会しさえすれば、安藤浩も、またその相続人である安藤浩一も既に死亡し、原告らがその相続人であることが容易に判明する状況にあったものである(現に、北海道知事は、現在被告国所有名義の土地の買受けについて、原告らに承諾してほしいと連絡してきた)。

しかるに、被告国及び北海道知事は、右のような簡単容易な調査をすらすることなく、漫然、亡安藤浩のもと使用人であった遠藤善助を本件土地の管理人であるとして、同人に対し買収令書を交付した。しかし、遠藤善助はもと本件土地において安藤浩が営んでいた農場に使用されていたことはあるが、大正六年ころには本件土地を離れ、大正一五年には全く関係がなくなった者である。のみならず、同人は、買収令書が誤って交付されようとしたとき、安藤浩とも本件土地とも無関係である旨念を押して右令書の受領を拒否し、返戻したのである。

そうとすると、被告国及び北海道知事は、むしろ違法手続であることを承知のうえで敢て公示、供託の手続を強行したものであるといわなければならない。

右の次第で、本件買収処分には重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効のものである。

(被告らの主張に対する認否及び反論)

一  被告らの主張五のうち、本件土地についてその主張のような町名地番の変更をしたこと及び分割して新地番を付したことは認める。

被告らの本件土地取得の経緯は不知。

被告国及び被告北海道の抗弁のうち、被告ら主張の訴外人らが時効により本件土地のうち当該土地の所有権を取得したことは否認する。

右訴外人らの占有の経緯・時期については不知。

仮に右訴外人らの占有の経緯、時期が被告ら主張のとおりであるとしても、時効を援用することができるのは、時効の利益をうける当事者、すなわち右訴外人らに限るのであるから、被告らが右訴外人らの取得時効を援用することはできない。

時効制度の目的が被告らの主張するような点にあることは争わないが、同時に当事者の心理的要素を重視して、時効期間を善意無過失の場合は一〇年で足り、悪意又は善意につき過失があるときは二〇年間を必要としている制度の差別を無視して論じることはできない。

被告らの主張は、仮に、被告ら主張の訴外人らと原告らの間では、右訴外人らの時効援用があれば、原告らは所有権を失うはずであり、しかも、本件土地の売渡、買受は公共の目的を実現するものであり、原告らは本件土地を永年放置してきたから、被告らが時効を援用しても正義公平の理念にもとらないから認められるものであるというのである。

しかし、被告らの右主張は失当である。

元来、財産権の不可侵は憲法で保障されたものであることは、今更いうまでもない。従って、所有者が一時的に採木、耕作等をしていなかったとしても非難される類のものではなく、また、国家権力による強制的な買収等には公共の目的が必要なことは勿論であり、かつ所定の適法手続が要求されることは当然である。

それにも拘らず、国家機関等により違法、無効な手続がとられた場合において、真実の権利者と国等の違法、無効な処分行為を適法有効なものと信頼した形式的権利者である第三者との利益が衝突することとなるようなときには、短期取得時効制度が作用することも理解できなくはない。

しかし、たとい公共目的のためとはいえ、自ら法の要求する適法な手続に違反し、重大かつ明白な瑕疵のため当然無効の処分行為を敢えてし、それを前提として所有権を取得した者と、憲法上財産権を保障されている真実の所有者との利害の調整をはかる場合、たまたま、中間に右の無効手続を信頼した第三者が介在したことを奇貨とし、右の第三者が短期取得時効で所有権を取得したはずで、その所有権を承継取得したというような形式論をもって、第三者に認められるであろう短期取得時効の援用を認めることは、被告らのいう正義公平の理念に反するといわなければならない。

民法は悪意又は過失のある者が時効を援用するには、善意者の二倍の期間である二〇年にわたる長期間の占有を要件としている。

ところで、本件の買収処分が重大かつ明白な瑕疵による当然無効のものであることは、原告らの夙に主張しているところである。

そして、重大かつ明白な瑕疵は、時効制度の上では単なる過失にとどまらず、重大な過失というべく、重大な過失は悪意と同様に取り扱うべきものであるから、被告らが時効を援用するには、自身の又は第三者から承継した占有と併せて二〇年間の占有を必要とするものである。

原告らと被告ら主張の訴外人らとの間に適用されるであろうと想定される原理を、被告ら自身に求めることはできないものである。

また、被告らは北海道知事の職務につき、国の機関としてのそれと北海道の代表者としての立場とを区別して論じようとしているが、その主張は、事の本質をみず、極めて形式的なものであり、本件のような利益の調整および時効制度における当事者の心理的要素を評価する場面では何ら意味をなさないものというべきである。

(請求原因に対する被告らの認否及び主張)

一  請求原因一のうち、原告らが本件土地を共同相続した経緯は認めるが、現にその共有に属することは争う。

二  同二のうち、北海道知事が原告ら主張の買収手続をしたことは認めるが、原告らが本件買収手続が行われたことを最近知ったとの事実は不知、その余の主張は争う。

三  同三は認める。

四  同四のうち、本件土地が昭和二六年六月一四日原告らの共有になったこと及び本件土地の登記簿所有欄の住所が安藤浩の本籍地かつ住所であったことは認めるが、その余は争う。

五  被告らが本件土地を所有するに至った経緯は次のとおりである。

1 原告らの先々代訴外安藤浩は、明治末期、訴外安東定次郎および同人の子訴外安東晋とともに、当時の北海道勇払郡安平村字下安平から同郡苫小牧村字静川にまたがる本件土地を含む国有未開地約一、一〇〇ヘクタールの払下げを受け、安東定次郎を場長とし、訴外遠藤善助を管理人とする安東農場の開拓に着手した。

しかしながら、右開拓地は一面低湿地帯であって大小の沼も数多く存したうえ、開拓地内を流れる安平川の水位が高かったため、毎年豪雨のあるたびに安平川が氾濫して開拓地に冠水し、更に大正一一年に開拓地南部を横断して敷設された金山線鉄道の土盛りによって水流が遮られたため、洪水による被害は増々大きいものとなった。

そして、当初二〇戸程いた小作人達は、開拓地の右立地条件に加えて、度重なる冷害による凶作によって借金に追われ、徐々に開拓地を放棄し、大正一二年ころまでには殆どいなくなってしまったため、安東農場の経営もついに終止符を打つのやむなきに至った。そしてその後本件土地は全く自然の成行きのままに放置されていたのである。

ところで、被告国は、昭和二九年、当時現況原野であった本件土地を農地法四四条の規定により、いわゆる未墾地として買収することとし、買収事務担当機関であった訴外北海道知事は、同年五月一一日付をもって、土地の所有者の住所、氏名を北海道勇払郡安平村遠浅番外地遠藤善助方安藤浩、買収期日を同年七月一日、買収対価を三五、〇二八円とする買収令書を本件土地の管理人遠藤善助に交付した。

ところがその後、遠藤善助より、安藤浩の住所が分らず、どうしても同人に連絡がとれないので買収対価は供託しておいて欲しい旨の申し入れとともに、買収令書の返戻があった。

そこで北海道知事は、やむを得ず、同法五〇条三項の規定により、同年六月一〇日付北海道公報に買収令書の交付に代える公告をなし、同年六月三〇日、買収対価三五、〇二八円を東京法務局に供託し、被告国は本件土地の所有権を取得した。

昭和二九年一〇月一日、勇払郡安平村は勇払郡早来村と改称されたうえ、昭和三二年一月一日には町制が施行され、更に本件土地については、同年二月一日、それぞれ字名地番の変更が行なわれた。

その後、北海道知事は、本件土地につき、他の買収した土地とともに同法六二条に基づく土地配分計画をたて、新たに分割して、新地番を付した。

そして被告国は、同法六一条に基づき、勇払郡早来町字源武五二五、五二六番の土地については昭和三三年三月一日訴外高崎欣一に、同五二八、五二九番の土地については同年一一月一日訴外阿部務に、同五四五番の土地については同年三月一日訴外鳥羽健市に、同五四八番の土地については同年三月一日訴外上川一市に、同六一〇番の土地については昭和四二年二月一日被告早来町に、同六六九番の土地については昭和四四年二月一日訴外藤原幸二にそれぞれ売り渡した。

(なお、本件土地のうち、同六九六番、同六九八番及び無番地二筆の土地については、右土地がいずれも安平川の河川敷地となっているため、今日まで売り渡しをすることなく国の所有となっている。)

そしてその後、本件土地に関し、被告北海道は、同五二五、五二六番の土地の一部については高崎欣一、被告国を経て昭和四四年一二月二四日藤原幸二から、同五二八番一、同番三、四、同五二九番一、二の土地の一部については阿部務、被告国を経て昭和四四年一二月二四日藤原幸二から、同五四五番一、同番四、同番六の土地の一部については鳥羽健市を経て昭和四四年一二月二六日金川幹司から、同五四五番二の土地の一部については鳥羽健市、金川幹司を経て昭和四五年一月一九日訴外板橋粕松から、同五四八番一、同番六乃至八の土地の一部および同五四八番三の土地については上川一市を経て昭和四四年一二月二六日金川幹司から、同六六九番の土地の一部については昭和四五年八月二四日藤原幸二からそれぞれ買い受けてその所有権を取得したものである。

また、被告国は、同五四五番三の土地の一部については鳥羽健市を経て昭和四四年九月二五日金川幹司から、同五四五番五の土地の一部については鳥羽健市を経て昭和四四年二月一二日金川幹司から、同五四八番二の土地については上川一市を経て昭和四三年一〇月一〇日金川幹司から、同五四八番四の土地については上川一市を経て昭和四四年二月一二日金川幹司から、同五四八番五の土地の一部については上川一市を経て昭和四四年九月二五日金川幹司からそれぞれ買い受けその所有権を取得したものである(以上については別表(一)参照)。

2 原告らは、本件買収処分は、所有者である原告らを名宛人とせず、死者である原告らの先々代安藤浩(昭和七年二月一二日死亡)を名宛人としてなしたものであるから、当然に無効であるとの趣旨の主張をする。

しかしながら、買収処分が死者を名宛人としてなされたことのみをもってしては当該買収処分が当然無効なものということはできない(最高裁判所昭和二九年一月二二日第二小法廷判決、民集八巻一号一七二頁等参照)。

被告国の買収事務担当機関であった北海道知事が、本件買収令書あるいは買収令書の交付に代わる公示において、その名宛人を原告らの先々代安藤浩としたのは、同人は昭和七年二月一二日死亡し、また原告らの先代安藤浩一も昭和二六年六月一四日死亡したにもかかわらず、公簿上は本件土地の所有者が右安藤浩名義となっていたことによるものである。そして、一方、安藤浩は、明治末期に本件土地を含む土地において安東農場の開拓に着手した後にも、本件土地あるいは右農場の管理一切を、安東定次郎及び同農場の管理人遠藤善助に、安東定次郎が死亡した後には遠藤善助にそれぞれ委ねており、本件土地の右管理状態は、原告らの先代安藤浩一の代になっても継続し、更に原告らの代になっても少しも変ることはなかったのである。

右事実からすれば、被告国の本件買収処分において、錯誤によりその所有者名義を誤り、その買収令書を右遠藤善助方に送付するなどの手続をとったことは、正に無理からぬ事情によるものであり、原告らにおいてもこれを知り得べき状態におかれたものというべきであるから右錯誤は単なる誤記に過ぎず、右買収処分は、右のような瑕疵により当然無効となるものではなく、当然安藤浩の相続人である原告らに対する処分としてその効力を維持されるべきものである。

(被告国及び被告北海道の抗弁)

一  仮に、右被告らの主張が理由のないものとしても、被告国は別紙第一物件目録の(一)、(七)、(八)記載の各土地を除くその余の同目録記載の各土地、被告北海道は、第二物件目録(十六)記載の土地を除くその余の同目録記載の各土地について、前記事実関係に基づき民法一六二条二項、一八七条による所有権の取得時効を援用する(起算日、完成日は、別表(二)記載のとおり)。

二  原告らは、被告国及び被告北海道が本件土地について取得時効を援用することは信義則に反しかつ権利の濫用であるから許されないと主張する。しかしながら、右主張は、次に述べる理由から失当である。

1 元来、時効制度は、ある事実状態が一定期間継続した場合に、それが真実の権利関係に反するものであってもこれを尊重して新たな権利関係に高め、権利の上に眠る者に対する法の保護を否定して従来の権利関係を覆滅させることを容認するものである。従って、時効取得の要件を充足する場合にこれを援用することが信義則に反するとか権利の濫用にわたるとかいいうるためには、積極的な害意をもって中断事由の発生を妨害するなど、時効の援用を認めると従来の権利者の地位を著しく不当に害し、正義公平の理念にもとる結果となる場合であることを要するものである。

本件をみるに、訴外鳥羽、同上川の両名のもとにおいて本件土地の一部につき取得時効が完成したことは先に述べたとおりである。従って、当該土地が右訴外人らから右被告らに譲渡されないままにその帰属をめぐる本件紛争が表面化したとすれば、右訴外人らが時効を援用することによって原告らは右土地について所有権を主張する余地を失っていたはずである。とすれば、右被告らがたまたま右土地を譲り受けて右取得時効を援用したからといって、原告らの権利、利益にことさら新たな変動を生じさせることにはならない。いいかえると、それによって原告らに及ぼす影響はもともと右訴外人らの取得時効によって失うもの以上にはでないものである。しかも、農林大臣が右土地を右訴外人らに売り渡したのは農地法一条掲記の目的の実現を図る一環として同法六一条に基づくものであり、右被告らが右土地を買い受けたのは、いずれも地域開発という公共目的を実現するためのものであって、原告らの権利関係を妨害するような意図は毫も存しなかったことはいうまでもない。他方、原告らの先々代ないし先代は、大正年間から右土地を離れて引き続いて在京し、原告らにおいてはこれを所有する意識すらないまま放置して永年を徒過したものであり、本件において右土地の取得時効を援用されたからといって、今更これを非難するに値する資格を有するものではない。

このように、被告国及び被告北海道の時効の援用は、どのような観点からみても原告らにとって何ら酷なものではなく、正義公平の理念にもとるものではないから、信義則に反するものでもなければ、権利濫用と評価すべきものでもなく、本件においては、むしろ、右被告らにおいて時効を援用することが許されないことによって現在の状態がことごとく覆滅することこそ法の理念ないし社会正義に反することとなるものである。

2 のみならず、被告北海道についていえば、本件土地の買収処分は北海道知事が被告国の機関としてしたものであり、被告北海道を代表してしたものではないから、北海道知事の買収処分に瑕疵があったとしても、被告北海道は右処分によって右土地につき瑕疵ある占有を取得するなど何らかの関係を有するに至ったものではないというべきである。

従って、前記のとおり取得時効の完成をみたものから当該土地を買い受けて時効を援用したからといって何らとがめられるべき筋合いではない。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  本件土地が昭和二六年六月一四日、原告ら主張の経緯(請求原因第一項1ないし3)で共同相続により原告らの共有になったこと、北海道知事が昭和二九年五月一一日付をもって農地法四四条に基づき本件土地に対し買収手続を行ったこと、その際、北海道知事が本件土地の所有者に対し本件土地買収令書の交付をすることができないとして、その内容を公示して右交付にかえたことは当事者間に争いがない。

二  原告らは、北海道知事が買収令書の交付に代えてその内容を公示したことについては重大明白な瑕疵があるとして、北海道知事のなした右買収処分は無効であると主張する。

よって検討するに、右の争いのない事実と≪証拠省略≫によると次の事実を認めることができる。

本件土地はもと原告ら先々代安藤浩所有地及び訴外安東定次郎所有にかかる土地と併せ約二、〇〇〇町歩を超える未墾地の原野であり、安東農場とも呼ばれていたところ、明治四三年ころ訴外遠藤善助が、安東定次郎及び安藤浩らから委託を受けて同地を農場として経営管理することとなった。ところが、同農場は火山灰地及び湿地が大部分を占め、米作はもちろん、雑穀すら満足に収穫できず、加うるに、農場を貫流する安平川が年々氾濫するため、二〇人ばかり雇っていた小作人らも同所での農業に見切りをつけ、他に仕事を見つけては次第に離散するようになり、大正六年ころには、遠藤善助すらも遂に同農場での経営を断念し、早来町遠浅に出て昭和二〇年まで同所で運送屋を営んでいた。同農場はその後も立地条件が悪化するばかりで、大正一五年ころには残っていた小作人も立去り、同農場は全く無人と化した。

ところで、昭和二九年に至り、被告国は当時現況原野であった本件土地を農地法四四条の規定に基づき未墾地として買収することとし、買収事務担当機関であった訴外北海道知事は同年五月一一日付で土地の所有者の住所・氏名を北海道勇払郡安平村遠浅番外地遠藤善助方安藤浩、買収期日を同年七月一日、買収対価を三五、〇二八円とする買収令書を本件土地のもと管理人であった前記遠藤善助に交付した。ところが、同人は、安藤浩とは音信不通であるとして右令書を即刻旧安平村農業委員会会長に返戻したので、同農業委員会会長は、北海道知事に対し、本件土地所有者安藤浩の管理人から土地所有者の申出があるまでは土地買収代金は供託されたい旨の申立があったとの理由によって買収令書を返戻した。そこで北海道知事は、右買収令書を土地所有者に交付することができないものと判断し、前示のとおり農地法五〇条三項の規定により交付に代え同令書の内容を公示するに至った。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、北海道知事において、本件買収令書を土地所有者に交付することができないと判断した根拠は、要するに、北海道知事において本件土地の管理人であると認定した訴外遠藤善助が買収令書を返戻したことによるものであることは明らかである。しかしながら、遠藤は既に大正六年ころ安東農場を離れ、本件土地の経営管理には全く関係がなくなっていたばかりでなく、その後長年月にわたり安藤浩及びその家族と何らの交信もなかったのであるから、遠藤を本件土地の管理人と目することはとうていできないというべきである。そして、そのことは北海道知事において遠藤に対し本件土地の管理についての経緯を照会しさえすれば、本件土地が既に長年月にわたり農場の態をなさず、無人化しているという外形的にも明白な事実と相俟って、極めて容易に判明しえたことであるといわなければならない。のみならず、本件土地登記簿所有者欄記載の住所は亡安藤浩の本籍地かつ住所であったことについては当事者間に争いがないところ、そうであるとすれば右登記簿の記載を手がかりに簡単な調査をしさえすれば、安藤浩は既に死亡し、本件土地については相続人である原告らがこれを承継していること及びその住所、居所についても容易に判明しえたものということができる。

ところで、買収令書の内容を公示して交付に代えることができるのは、買収令書の交付をすることができない場合に限られているものであることは農地法五〇条三項の規定上明白なところであるから、右の所定の場合にあたらないときには、たとえ公示をしても、その効果は生じないものといわなければならない。

しかるに、前示認定のとおり被告国及び北海道知事において簡単な調査をしさえすれば、遠藤善助が本件土地の管理人ではなく、買収令書の受領権限を有しないこと、本件土地の所有者が買収令書記載の安藤浩ではなくて原告らであること及び原告らの住所、居所等については、いずれも容易に判明しうる状況にあったものであるから、他に格段の事情も認められない本件においては、右の程度の調査をしさえすれば、原告らに対して買収令書を交付することが当然できたはずのものということができる。そうとすれば、遠藤が買収令書を返戻したからといって、前記条項にいう買収令書を交付することができない場合にあたるとはいいえないものといわざるをえない。

してみれば、北海道知事において本件買収令書の交付をすることができないとして、右交付に代えて買収令書の内容を公示したことは前示のとおりであるけれども、右公示は前記条項所定の要件を欠き、これによっては買収令書の交付に代る効力を生ずるものではないというべきである。

そして、買収令書を交付することは買収処分の効力要件と解すべきものであるから、本件買収処分は所詮その効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

被告らは、買収処分が死者を名宛人としてなされたことのみをもってしては、当該買収処分が当然無効ということはできないと主張するけれども、本件において右主張の当を得ないものであることは、あらためて判示するまでもなく前叙したところによって明らかというべきである。

従って、本件土地についての原告らの所有権は買収処分によっては被告国に移転しないといわなければならない。

三  そこで、被告国及び被告北海道の時効取得の抗弁について検討する。

1  別紙第一物件目録(一)、(七)、(八)記載の各土地を除くその余の同目録記載の各土地及び別紙第二物件目録(八)ないし(十五)記載の各土地について

≪証拠省略≫によれば、被告らの主張五、1記載の経緯で前記各土地について被告国及び被告北海道にその占有が移転したこと、そして、被告国及び被告北海道の前主である訴外鳥羽健市、上川一市らはいずれも各土地の占有の始めに自己に所有権があると信じ、かつ、信ずるについては過失がなかったものと認めることができる。

従って、訴外鳥羽健市、上川一市らはその占有開始後一〇年を経過した昭和四三年三月一日前記各土地について時効によりその所有権を取得し、被告国及び被告北海道は、右各土地について、それぞれ右の取得時効を援用しうるものというべきところ、原告らは右の援用は許されるべきではないと主張する。

しかしながら、所有権の取得時効は、その完成によって直接に目的物件の所有権を取得する者はいうまでもなく、その承継人もまた援用できるものと解すべきであるから、一〇年の取得時効の完成によって目的物件について所有権を取得する者からその移転を受けた者は、たとえ自己が悪意、有過失の占有者であっても、既に前主において完成した一〇年の取得時効を援用しうると解すべきものであり、この理は、右の承継人が国または地方公共団体であっても同じであって、何ら別異に解すべきいわれはないというべきである。また、例えば被告国がもっぱら本件土地について一〇年の取得時効を完成させるために訴外人らに売渡し、買戻したとでもいうような格別の事情でもある場合はともかく、被告国のした本件買収処分に前示のような調査不十分という過失というべきものが認められるにとどまる本件においては、被告国あるいは被告北海道が前記時効を援用することをもって信義則に反するともいいがたいというべきである。

従って被告国及び被告北海道の前記各土地についての時効取得の抗弁は理由があるといわなければならない。

2  別紙第二物件目録(一)ないし(七)記載の各土地について

被告北海道は、右各土地のうち、(一)、(二)記載の各土地については訴外高崎欣一、被告国の占有を経、また同(三)ないし(七)記載の各土地については訴外阿部務、被告国の占有を経て、いずれも訴外藤原幸二の占有する間に一〇年の取得時効が完成したと主張する。

ところで、右各土地について右主張のように一〇年の取得時効が完成するためには、中間の占有者である被告国において悪意、有過失でないことを要するものと解すべきである。けだし、占有者が変更していない場合には、善意、無過失は当該占有者の占有の始めにあれば足りることはいうまでもないけれども、悪意、有過失の者が右の善意、無過失の者の占有を特定承継した場合には、前主の占有に瑕疵のないことについてまで承継して自己が瑕疵のない占有者となるものではなく、かつ右の瑕疵ある占有者から更に占有を特定承継した者について取得時効の完成をいう場合には、たとえ自己及び前々主の占有が瑕疵のないものであるにせよ、瑕疵のある中間者の占有期間を併せて主張する以上は、全体として瑕疵のある占有となると解するのが民法一八七条二項の法意に適うというべきだからである。

しかるに、前示認定事実によれば、被告国が前記各土地を前記訴外人から買戻して占有するについては過失の責は免れないものといわざるをえないから、前記各土地については一〇年の取得時効は完成していないものというほかはないこととなる。

従って、被告北海道の前記各土地についての時効取得の抗弁は理由がないといわなければならない。

四  以上によれば、原告らの本訴請求の当否は次のとおりである。

1  別紙第一物件目録(一)、(七)、(八)記載の各土地は原告らの所有に属するものである。

もっとも、被告国は、右各土地が河川区域であると主張し、右主張事実は本件弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。

そして、河川区域についても私権の行使そのものは一般的には制限されないけれども、河川管理者の管理権の対象とされている関係上、河川管理の必要に基づく制限は許される(河川法二四条参照)ものであるところ、河川区域について河川管理者の占有を解いて土地所有者の占有に移すことは、河川管理者の管理権を全面的に排除するに帰するから、河川法上当然制限されているものとして許されないというべきである。

そうとすれば、右各土地についての原告らの被告国に対する各請求のうち、所有権確認、登記手続を求める部分は正当であって認容すべきであるが、引渡を求める部分は失当であって、棄却すべきである。

同目録記載の各土地のうち、前記(一)、(七)、(八)記載の各土地を除くその余の各土地は被告国の所有に属するから、右各土地についての原告らの被告国に対する各請求は失当であって、いずれも棄却すべきである。

2  別紙第二物件目録(一)ないし(七)、(十六)記載の各土地は原告らの所有に属するから、右各土地についての原告らの被告北海道に対する各請求は正当であって、いずれも認容すべきである。

同目録(八)ないし(十五)記載の各土地は被告北海道の所有に属するから、右各土地についての原告らの被告北海道に対する各請求は失当であって、いずれも棄却すべきである。

3  別紙第三物件目録記載の各土地は原告らの所有に属するから、右各土地についての原告らの被告北海道勇払郡早来町に対する各請求は正当であって、いずれも認容すべきである。

五  よって、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言を付することは相当でないと認めるのでこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 山下薫 裁判官慶田康男は転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 内藤正久)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例